このサイトは現在開発中です

JapanTracker 同志社国際高校

同志社国際高校

記録
13件(1件の経緯)

このページは、この人物・組織が記録されている項目を全体から集めて時系列に並べたものです。個々の記録は、属する経緯のページの文脈(「今後わかること」や前後の記録)の中で確認してください。

  1. 2015年 研修旅行で辺野古テント村を訪問

    2015年から2018年までの間、研修旅行の一部コースで辺野古テント村への訪問を実施していた。2012年以前にも、一部コースで辺野古テント村を見学することがあった。学校は訪問開始の理由を「辺野古の問題が社会的に大きな関心事となっており、沖縄の現状を知る観点から、見識を深めさせたいと考えたため」と説明している。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  2. 2015年 研修旅行のしおりに座り込み参加案内

    2015年から2018年にかけて作成・配布された生徒向けの研修旅行のしおりに、ヘリ基地反対協議会による座り込みへの参加を求める内容が掲載されていた。「辺野古新基地建設反対に賛同して、この座り込み現場に来てくださったことを歓迎いたします。共に闘うために」(2015年、2016年)、「ここでの闘いは『座り込み』です。私たちの行動に賛同いただける方は、まず一緒に座り込んでください」(2015年〜2018年)。また2015年の辺野古コースに参加した生徒の感想に、「ヘリ基地反対協議会の共同代表」の名前を挙げたうえで、その人物から基地に反対する理由を聞いたとの記述がある。

    注記: 学校は、この文書は生徒向けではなく一般向けのものを現地ガイドの意向を受けて書き写したもので、生徒に依頼したと受け取られる可能性に思いが至っていなかったと説明している。また、生徒や教職員が座り込みを含む抗議活動に参加したことはなかったとしている。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  3. 2018年3月 研修旅行の開会礼拝を牧師に依頼

    同校が、キリスト教のつながりから、研修旅行初日の開会礼拝を牧師(後に「不屈」の船長となる人物)に依頼するようになった。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  4. 2023年3月 研修旅行でボート乗船を開始

    研修旅行初日の開会礼拝を牧師に依頼した際、牧師から辺野古でのボート乗船の提案を受けた。学校はボートに係る事前下見を行うことなく、校内で検討のうえ、2023年3月からコース別学習でのボート乗船を開始した。学校は「牧師への信頼が、牧師が船長を務めている船であれば、安全であるという過信へと行き過ぎた結果、旅行会社を通じた手配で安全確保等の万全の体制をとるという考えに至らなかった」と説明している。

    注記: ボート乗船が牧師側からの提案で始まったこと、初回から事前下見を行っていないことは、事故の構造的な原因にあたる。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  5. 2026年3月15日 学校は事前下見をせず契約書もなし

    2025年度の研修旅行についても、学校はボート乗船に関し、牧師と那覇市内で「例年通り」と確認したのみで、事前下見を行っていなかった。生徒や保護者に対して、どのような船に乗るのかについての事前説明はなされていなかった。学校は牧師に直接依頼をしていたが契約書は締結せず、依頼文を送付したうえで謝礼を支払うものだった。牧師以外の船員2名には学校から直接の依頼はなかったが、謝礼を支払う予定だった。生徒に対するライフジャケットの着用方法等の事前の安全指導・教育も行われていなかった。

    注記: 日付は研修旅行3日目の前日として便宜的に置いている。個々の事実の実施時期は文書上特定されていない。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  6. 2026年3月16日 09:10 生徒35人がバスで辺野古に到着

    同校の生徒35人がバスで辺野古に到着し、2つのグループに分かれた。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  7. 2026年3月16日 09:30 引率教員は出航判断を船長に一任

    引率教員は出航の判断を金井船長らに一任した。転覆時、引率教員は同行していなかった。当初乗船予定であった教員は、当日、体調不良と乗り物酔い体質等により乗船を見送った。そもそも2隻の船に対して1名の引率教員しか配置されていなかった。

    注記: 事故直後の学校の説明では「陸に残る生徒の指導のため」乗船しなかったとされていた。体調不良という理由と、そもそも2隻に対し1名しか配置していなかったという事実は、その後の報道と文部科学省の調査で明らかになったもので、説明の変遷にあたる。学校自身も「重大な判断ミス」であり「そのような判断を現場のみで実施できる体制を容認していた」ことに落ち度があったと認めている。

    出典 2件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  8. 2026年3月16日 09:30 35人がボートコースに参加、護岸から乗船

    研修旅行に参加した259名のうち、当日は35名(欠席を含めると37名)の生徒が「辺野古をボートに乗り海から見るコース」に参加していた。乗船は通常の船着き場ではなく護岸から行われた。学校は事故の前日および当日、現場の教員のいずれも波浪注意報の情報を把握していなかった。悪天候による活動の変更・中止を想定した代案も、事前に決めていなかった。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  9. 2026年3月16日 12:36 校長らが母に死亡確認を伝える

    校長ら2人が武石さんの母に対し、「武石知華さんが意識不明で病院に運ばれ、先ほど病院から連絡があり、12:29、死亡が確認されました」と伝えた。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  10. 2026年3月17日 学校が船員3人に計1万5千円の謝礼

    学校が船員3人に対し、1人5,000円、計15,000円の謝礼を支払っていたことが明らかになった。後に、金額の算定基準が存在し、学内で決裁されていたことも判明した。

    注記: ヘリ基地反対協議会が説明した「ボランティア」「無償」という位置づけと矛盾する。謝礼の支払先がヘリ基地反対協議会名義であったとする指摘もあり、有償運送の認定に関わる争点。一次資料での確認が必要。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  11. 2026年3月17日 同志社国際高校が会見、無登録を認める

    同志社国際高校が記者会見を開いた。2隻は、旅客船ではない船が人を乗せて運ぶために必要な「一般不定期航路事業」の登録を受けていなかった。学校側は登録の有無を確認しておらず、「思い至らなかったというのが実際のところ」と説明した。安全確認については「船長との信頼関係のなかで大丈夫だと判断した」と述べた。波浪注意報が出ていたことは把握していたが、出航の判断は船長に委ねた。引率教員2人は乗船しなかった。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  12. 2026年3月18日 10:20 校長らが遺族に説明と謝罪

    校長、学年主任、学校法人同志社の理事が遺族と面会し、事故の説明と謝罪を行った。遺族は現場への献花を求めた。生徒たちが葬儀への参列を希望していることも伝えられた。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

  13. 2026年3月24日 保護者説明会が4時間に及ぶ

    同校が2年生の保護者向け説明会を開いた。約150人が出席し、約4時間に及んだ。死亡した生徒の母親は「当日、船を見て18人の生徒の命を預けるに値すると誰が判断したのか」と述べた。学校が乗船した船が抗議活動に使われている船であることを事前に開示していなかったこと、引率教員が同乗しなかったこと、旅行会社が責任を果たしていなかったことに批判が出た。校長は謝罪したが、保護者からは核心的な疑問に答えていないという不満が示された。

    出典 1件・関連する経緯 1件

    出典

    関連する経緯

このページを読んで…